2008年12月29日
Many Thanks
たぶん今年最後の更新です。
師走のバタバタ、とりあえず99%終わってあとは人様のお宅や実家のコタツやらホットカーペットにてゴロゴロと幸せモードに入ります。 先日のクリスマスも「お前は猫かっ!」といわれるくらいにホコホコ・ヌクヌクすごさせていただきました。 乾燥肌&アトピー者にはコタツもホットカーペットも『ほぼ敵』なので(乾燥からカイカイになり、しまいにゃ自分の歩いたところに落屑して道をつくる サイアクでありますよ(涙))なので、家電女王の異名を持つ私ですが持っておりません。 で、「時々はよかろ♪」と人様のところにて暖かくて幸せな猫のようになって…で、動きません。 借りてきた猫になるのとはちょっと違うようです。 ほほほ。
滞りなく終わった(終わる予定の)2008年でありました。 今年こっそりと心の中で誓った「新年の誓い」は本当にひとつだけでした。 そのたったひとつすらどうなるか、な始まりでした。
100%OK♪ってことではないけれど、それでも笑ってすごせたことが多かった年だった気がします。 去年が去年だし、気の持ちようってのもあるし、自分の考えやが変化したってのはありますが、いい一年でした。
遠くに行ってしまった人もいます。 中には同じ世界にいるのに遠くになってしまった人もいます。
ちょっとだけチクリと心に針がささったことや、べそべそした時などもありました。 それでもその度いろいろ人に助けられ、心がほっこりし、そして感謝しました。 (で、もってまた泣くんだが、ま、それはしゃーないわな)
よいお年をお迎えください。 来年もよろしくお願いします。 & Many thanks.
toto
2008年12月24日
トナカイなんだか牛なんだか
曖昧になってまいりましが、ガンガンと印刷中です。
がんがれアタシ… というよりCanonのプリンター。
印刷中に韓国話ひとつ。
今回一緒に行ったひとりNちゃんは韓国すでに5回目 韓流ドラマにはまり、区民講座の韓国語講座に半年通っただけであとは新大久保のレンタルビデオ屋にて韓国ドラマ(字幕なし)で韓国語をマスターしてしまったという頑張り者(ポニョ似)
そんな彼女が韓国行きの相談をしていたとき「ねえねえ、私「○○門」に行きたいの。」と言うので、簡単に「はいはい、どこでも行きましょう。」と答えておりました。
で、出発が近くなってから共通の友人たちに「なんだかわからんがナントカ門に行くようだよ。」と言ったところ、どうやらそれが私の思っている『門』ではないらしいとあいなった。
で、メールを送信… 「ねえ、もしかしてナントカ門って38度線なわけ?」と…
即効の返信メールに「そう、いとも簡単に「はいはい」って言ってたからわかってるのかなーと思ってたらやっぱりわかってなかったのね(^^;)と書いてあった。
いやね、ナントカ門っていうから東大門とか、火事で残念なことになくなってしまった南大門とか、そういうソウル市内の「門」ってつく場所と思っていたわけよ。 まさかそれが38度線の板門店ってわかってなかったのよ。それもハンモンテンとか言ってくれればよろしいものの、パンムンジョムなんてぇ韓国読みで言ってくれちゃったからわからなかったのよ。 なんぞとウニウニと言い訳するものの、その話を聞いた人たちに大爆笑されたのだった。 よく行く近所のラーメン屋の大将にまで…orz
ソウルですら始めての私にそりゃハードル高すぎなので別行動して市内でふらつくことに。 もう1人一緒の語学留学経験者のOさんはソウルで用事があるから1日観光のオプショナルツアーなんて無理ってことでNちゃん(ポニョ似)は1人で参加。 最初から別にそれでもよかったらしいから、めでたし、めでたし。
で、当日の夕方Oさんと丁度同時期にソウルに来ていたKちゃんとスタバで待ち合わせ、お茶をしていたところに(どこに行ってもやっていることあんまりかわりません。 ほほほ)Nちゃんも戻ってきた。 ドコモの携帯は便利だね。 同国内なら1分80円くらい。 それで個人個人好きに行動できて集合できるなら安いもんである。
Nちゃん曰く、非常に興味深かったらしい。 でもやはり私にはハードル高すぎである。 理由はいろいろとでかけません。 すみません。
話かわって、このハングルのスタバの文字の看板、スタバはそこかしこにあったけれど、韓国のスタバの中でもここだけらしい。 でもってそういう外国語での看板をだしているスタバってのもここが始めてだったらしい。 らしい、らしい ばかりで未確認であります。 3ヶ月に一度は韓国きているKちゃんが教えてくれたのだった。 とっても乙女なKちゃん、東京よりも身振り手振りのゼスチャーが大きめだぞ。 あ、彼ゲイでして、とっても乙女チックで私より数倍乙女です。 10代のころからゲイな人が何かとサランディングしていると自他ともに認識している人生なためなんとも思わないのですが、他の2人は「多分そうなんだろうなとは思っていたけど…びっくりした」って後で言ってたから知らなかったのか… そうか… あそこで元彼の話してたもんなあ…ま、いいか♪ なんたってKちゃん本人が一番楽しんでたからいいや。
そしてその後食事やら買い物やらでKちゃんにいろいろ連れて行ってもらったのだった。 「この子○○見てないなんて後で日本で皆に言われるから連れてきましょっ」て感じでいろいろ連れて行ってもらったのだった。 ありがとうKちゃん^^ でも一体どこに連れて行ってもらってるのかわからなかったけれど楽しかったよ。
さ、年賀状の印刷(裏表)が終わりましたよ。 後はハガキに一言づつ書いていけば終了よぉ♪
2008年12月22日
師走の戯言
ここのところ、韓国行っちゃったり、友人宅でクリスマス会してそこの子どもと一緒に矢島美容室踊ってたり、蹴球みちゃったり、ラジバンダリー で、現在涙目になりつつカードを書いてたりします。
年賀状もそろそろしないといけないのに、今数えたら40枚くらい足りない。 親兄弟の年賀状を先にしていたから自分の分が足りなくなっていると先ほど発覚。 算数ちゃんとしようよ。
世間は明日はお休みでありますが、アタクシ仕事です。 そんなに働いていないから文句言ったりできる立場でありませんが、でも年賀状仕上げたい。 その前に郵便局に買いに行かなくちゃ。 って明日は祭日だから本局いかなくちゃ。 でもコンビニで買えるか? ああ、面倒だっ。 寝るっ!
24日に全てをかける予定です。 がんばれ自分。
今日たんばちゃんに連れて行ってもらったところのワッフル。 美味しかったです。 でも実はあと一枚くらいはいけそうな予感がしました。 ( ̄ー ̄)
2008年12月21日
毎冬恒例蹴球観戦
あ、どうも。 1985年生まれの『おっさん』と『ガキ大将』扱いしている2人にほれぼれして帰ってきました。
おっさん=ルーニー ガキ大将=C・ロナウドでありますよ。
毎度毎度、冬のお楽しみなクラブW杯、もともとのトヨタ杯。 そういやマンUのきたトヨタカップ(1999年)はベッカムとロイ・キーンがきてたよのう。 ベッカム当時24歳。 現在『おっさん』は23歳…見えないのだが23歳(--) でも走りだすと「若い!」と思う速さでありました。 キトにも惜しいチャンスが随分あったけど結局1-0で終わってしまいました。
今回の3位決定戦はガンバ大阪とメキシコのパチューカ。 去年のレッズといい、今年のガンバといいアジア代表を実力でもぎとってくれてよかったです。 開催国枠なんてーもんいらないと思ってたからその枠で出場ではないことが協会の思惑はずれに密かにニンマリであります。 今後2年間はUAEにて開催だけれど、UAEでも開催国枠あるのかな? (要項読んでないのでわからない) 開催国枠で観客動員数増えるのかは微妙じゃないのかなあ。 W杯とかオリンピックほど出場国ないのに開催国枠ってのもどーなのよ? パチューカのGKカレロ…チラベルトと同じようなニオイのカレロが見られてちょっと得した気分でありました。
しかし寒かったです。 いつもの年より気温は高かったけど、ものすごい風の吹きまくる1日で、6時間ずーっと座っていたから凍りつきそうでした。
来年と再来年、UAEでの開催になってしまったからつまんないないなあ…いっそいくか?UAE?
2008年12月18日
円高まだまだ
とりあえずドルにまた両替しとこかな…
よくよく考えたらどうして韓国に行くときに空港でしなかったんだろう…
でももしもそのときそんなお金を私にもたせていたら、 きっとそれはアメリカの銀行に入金されず、プラダのバックになっていたかと思われます。
免税店で見たプラダのバックに人目ぼれ…
円高にセール中もプラスしてステキすぎるほど安かった…
でも大人だから衝動買いなんてもうしません。
衝動買いしちまえばよかったと後悔しているなんて言いません。 (つд⊂)
なけなしの定期を解約してドルのT/Cにしました。 里帰り中の友人や、NYにひさしぶりに行く友人などなどにもたせてUSの自分の口座に入金してもらい、あとはネットで向こうでの定期を作ります。 どかーんとFXとかする度胸がないし、おまけに株はやるなと死んだじーさんからきつくいわれて育ったのでやらない(原則として…ってことで…)ので、こんな感じでチマチマします。 でもチマチマでもさすがに1ドル20円も違うと結構でかいのです。
2008年12月13日
ソウルでアンティーク
ソウルに行くと決まってから時間作ってできたら観たいと思っていたのがこれ。
よしながふみ さんのマンガ「西洋骨董洋菓子店」が原作の韓国映画です。 日本でも「アンティーク」としてテレビドラマにもなった作品です。
ええ、韓国語わかりません。 でも職場でチラホラ使う場合もあるので耳は拒絶はしません。 日本ではGWに公開も決まっているそうで、この中の俳優さんの1人が職場のねーさんズのお気に入りで、すでに映画には誘われています。 (だれだか何度聞いても覚えません、覚えられんのだよ。) 何話しているかはわからないけどでもせっかくだから現地で見てみたいなと思ってました。 ファンサイトや現地の方のblogなどで調べたところ、どうやらマンガにとても沿った内容になっているようなので退屈はせんだろう。 たぶん寝ないで大丈夫だろうと…。 根拠のない自信であります。 だいたい海外じゃそれが一番大事です。
ハングルが読めないから事前に映画のサイトにアクセスして「たぶんこれが映画のタイトルだろ」って部分をキャプションして印刷して行きました。 映画館の情報はミョンドン地区あたりの映画館をまわればやっているだろ。 と、これまたアバウト
ところが、現地でそれらの映画館(3つ)を散歩がてらに周ってみたもののポスターもないし、プリントしてきたハングルと同じタイトルがない… んー、やっぱり無謀なチャレンジだったか? と思いつつも今度は観光案内所で聞いてみようとこれまたその辺のオジサンやらに身振り手振りで場所を教えてもらい観光案内所へ。
案内所の日本語の饒舌なおねーさんに、「すみません、アンティークって映画…」とここまで言っただけで、
「あー、アンティークね!」との回答。 よし!どうやらこれで映画館がわかる! と喜んだのもつかの間。
「昨日あたりで終わりましたよぉ」 なズコーな回答をいただいたのでした。 11月13日開始なのにもう終わりましたか? それともこの辺では終わったのか? そこまでは聞きませんでした。
くやしーから本屋で韓国語バージョンのマンガ買ってきました。 お値段4000ウォン 円高だったもんで260円くらいでした。 どうにも映画やドラマの韓流にははまれないけれど、マンガから韓国語に入ってやろうじゃないの!
2008年12月12日
たでま
暗いですか? そうなんです、あまり今回は日中に写真をとる時間がありませんでした。
アジアといえば返還前の香港しか行ったことなかったのでありますが、突然韓国はソウルに行ってました。 ギリシャ語とかアラビア語でもなんとなーく見なれてくるとなんとかしていたので、(「1度わかると簡単だよ。」って何人もの人に20年くらい言われているけど)いやはやここまでわっかんねー文字は始めての経験です。 で、最初はオロオロしてしまいました。
一緒に来ている2人は1人は韓流がはじまる以前にこちらの語学学校に行っていた人、もう1人はその韓流にどっぷりはまってから韓国語を覚えた人、そして韓国にてお会いする方々も問題なくお話できる方ばかりなのでお任せです。
でも時間が経過すると英語も日本語も通じない韓国の道行く人たちとなんとなーくなコミュニケーションでなんとなーくわかって、ちゃんと目的を達成しとります。 みなさんとても親切です。
日本語を話す私と現地の言葉で応対してくださる人たち。 身振り手振りでなんとかする… あれ? これって…?
アメリカに遊びに来るたびにそれでナントカしていた母と同じだよ…orz
あまりどんな街かもわからず帰ってきました。 2002年のW杯でサポーターのユニで真っ赤かに染まった市役所前だけはすぐにわかりましたが( ̄ー ̄)、 1人で時間のあったときに半日観光のバスくらいには乗ればよかったな。
チラッとだけ旅行記がわりを来週にでも… 年賀状が終わっていれば… そのまえにもういくつ寝るとクリスマス… カード… (実は今年の手作り完成してて、住所も書いたけど、まだ中味を書いていない。)
2008年12月06日
Bad luck often brings good luck.
携帯の電池がメタボリックな腹のようにぶわっと膨れ上がり、電池カバーは盛り上がってくるわ、熱もそうとうもつわで、さすがに怖くなって携帯ショップへと行きました。 以前から機種変更がしたいと思ってはいましたがここんところの師走のいろいろでお金に羽が生えちゃっておるので機種変更は諦めて電池だけをもらいに行ったのです…
で、携帯の電池を交換するのにも万が一のためにバックアップをとったほうがいいということで…
バックアップをとっている数十分の間に…
店内の機種でいろいろ遊んじまったもんだから…
「すみませーん、電池やっぱりいいわ。 機種変更していきます。」
とあいなりました。 どーしようもない堪え性のなしの根性なしです。
ところが、今の携帯料金プランと新プランを比べてみて、やたらと高額になった携帯電話を分割払いにしても、今の料金よりも1000円弱は安くなることが判明。 おまけにポイントも随分たまっていたのでその分割払いも数ヶ月は発生しないとのこと。
『災い転じて福となす』でありました。 また、もしも今回新しくした携帯電話が故障したときに中のICカードだけを古い携帯電話に入れ替えれば臨時で利用できるからという理由で結局古い機種の電池も交換していただきました。
で、取説読みつつ格闘しとります。
2008年12月05日
年賀状にて思うこと
なかなか師走ざます。 今年はなにかと客人も多くイワタニの卓上コンロが大活躍であります。 COSTCOでボンベまとめ買いしといてよかった。
ここんところの円高で海外からの里帰りの皆さんは「全く冗談じゃーないよぉ」と口をそろえて仰る。 でもって、「この際だから親に借金して円安になったら返す」などと仰る。 ま、わからんでもない。
親といえば、やっと来年の年賀状の印刷が親の分(オフィシャルとプライベート2種 いろいろあんのよ)が終了。 やれやれ。 これを明日EXPACKで送れば気が楽になる。 自分の分はそのうちゆっくりやろう。
もう私の歳になってくると友人の親がお亡くなりになってしまわれる方もでてきていて、その方たちからの喪中のハガキを頂くわけだが、今回考えてしまった喪中ハガキをいただいた。 その内容は『喪中のため年始の挨拶はこちらからは失礼するが、年賀状がこないお正月は寂しいから頂けるのなら頂きたい』というものだった。
大変仲のよい友人家族であり、長年病気と戦った末に亡くなったお母様とも少なからず交流があったため素直に「驚いた」とメールをした。 でも、そういう年賀欠礼のテンプレートも郵便局にはあるのだそうだ。
アメリカなどではクリスマスカードに喪中扱いというのはないので、たとえ親御さんや最愛の人を亡くしたとしてもクリスマスカード(新年の挨拶を含む)は送る。 カードに亡くなったかたを偲ぶような言葉を書いて確かに送ってはいる。
日本でもビジネスなどでは送る場合もあるとは思う。 自分が小学生のとき祖父がなくなったときの喪中の年始を思い出してみれば小さい子どもたちにはやはり寂しいとは思う。 でも、たとえその家族が送ってほしいと言っても送ってもいいものか?と考えてしまい、また気分的に送りたいとは思えないのだった。
私の考えが古いのかね?
2008年12月01日
0系とテレビ
0系新幹線の最後ということで本日のワイドショー(以下WS)はその話が多かった。
うちの家族、特に母にとってはこの新幹線の開通で実家がえらーく近くなったので喜んだという新幹線。
いまの700系のアヒルちゃん顔もなかなか好きでありますが、まん丸顔の0系の顔はかわいいのう。
で、そんな最終日の昨日、同級生からメールがきて「○○が博多でインタビューされたそうなので明日のWSはチェックだよ」と。
ほほー、彼は鉄ちゃんだったのか…知らんかった。 その後きたメールの添付写真がこれ。 同級生中を出回っている模様( ゚∀゚) 鉄ちゃんではないが、貰ってちょっと嬉しくなった自分…プチ鉄か?
結局指定されたWSを観たものの、同級生のインタビューはカットだったらしく残念。
テレビといえば、実は先週、私、あるテレビ番組で自分の姿を発見しております。 まさかこれで使うとは思ってなくて、何の気なしに見ていて思わずコーヒーをダーッと口からこぼしました。(よってクリーム色のセーター危篤…orz) 5年に1度くらいなんの気なしにそんなことに遭遇します。 テレビっ子は観るだけでいいのに…写真すら嫌いなのに…(だからかわりに猫太郎が記念写真に納まっておるのです。) 幸い今回はそこにいた人以外誰も気がついてないようで、連絡が入らないのでホッとしとります。
さーて、12月。 予定が詰まってきてすでにワクワクしつつも忙しそうで考えるだけでゲンナリしそうになりますが、乗り切りますわよぉ。